【求人倍率0.47倍】リーマンショックで消えた日本企業10社と経済への影響

2008年9月15日、米国の大手投資銀行リーマン・ブラザーズ(Lehman Brothers)が破綻すると、世界は大規模な景気後退(リセッション)に見舞われた。リーマンショックが金融市場に与えた影響は甚大だが、それは同時に実態経済にも大きな傷跡を残した。

リーマンショックとは?

2008年9月、当時米国第4位の投資銀行であったリーマン・ブラザーズが破綻し、それを契機として広がった世界的な株価下落、金融不安や世界同時不況を「リーマンショック」と総称する。

サブプライムローン問題

リーマン社は当時、信用度の低い層向けの高金利の住宅ローン(サブプライムローン)を証券化して販売していた。当時のアメリカでは、本来住宅ローンを組むほどの信用力を持たない低所得者や破産経験者に対して、審査を緩くする代わりに高い金利を設定したサブプライムローンが人気を博していた。

その背景には、「証券化」という仕組みがあった。サブプライムローンの借り手は信用力が低く、返済不能に陥るリスクも高かったが、それらの個々のローンをまとめて金融商品として投資家に販売することで、金融機関は借り手のデフォルトリスクを免れることが出来た。

当時はFRB(連邦準備制度理事会)による低金利政策などにより住宅価格にバブルが起きており、低所得者への安易な融資と証券化が利回りを求める投資家の需要をさらに掻き立てた。

住宅バブルの崩壊

住宅バブルの崩壊が起きると、担保となっていた住宅を売却してもローンを返済することが出来ず、サブプライムローンの証券化商品が焦げ付き出した。

リーマン社は大量に抱えていた証券化商品の価値が急激に下落し、損失が膨らんだ。 最終的には約64兆円という史上最大の負債を背負い、2008年9月15日に倒産に至った。

金融システムの麻痺

リーマン社の破綻によって互いに疑心暗鬼になった金融機関は短期金融市場で貸し渋りを始め、マーケットの資金供給が急激に絞られた。

この流れは米保険大手AIGなど大手金融機関の経営危機を連鎖的に招き、世界の金融システムが内包していた「カウンターパーティーリスク(取引相手の債務不履行リスク)」を顕在化させた。AIGはクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)と呼ばれるデリバティブ商品を使い、住宅ローンの証券化商品の元利払いを保証する取引を大量に手掛けていた。

金融市場の機能停止を防ぐため、各国政府は相次いで銀行に資本注入や損失補填を行ったが、危機は実態経済に伝播した。銀行による貸し渋りによって企業活動や消費者の購買力が悪化し、日米欧の主要国は揃ってマイナス成長に陥った。

実体経済への影響を示す主要統計

リーマンショックによって日本国内の経済は大打撃を受けた。ここでは「有効求人倍率」「完全失業率」「住宅新規着工戸数」「自殺者数」という4つの主要な統計値の変化を確認する。

有効求人倍率

有効求人倍率とは有効求職者数に対する有効求人数の割合で、雇用動向を示す重要指数として扱われる。リーマンショック後の2009年、日本国内の有効求人倍率は0.47倍という過去最低値を更新した。

完全失業率

完全失業率とは、労働力人口(15歳以上の働く意欲のある人)のうち、完全失業者(現在職がなく、求職活動をしている人)が占める割合を示す。日本は労働者保護の法規制が強く、他国に比べて歴史的に低い失業率を誇っていたが、リーマンショック直後には5%台後半まで上昇した。

住宅新規着工戸数

住宅新規着工戸数とは、着工された新規住宅の件数を示し、住宅投資の動向を見るために利用される。リーマンショック後の2009年には78.8万件にまで下がり、有効求人倍率などと異なりその後の回復力にも力がない。

自殺者数

国内の自殺者数はリーマンショック前から増加しておらず、近年は減少トレンドにある。リーマンショック後に失業による自殺者数の増加が頻繁に報道されたが、データで見ると他の指標に比べて影響は少ない。

リーマンショック直後の経済ニュース

リーマンショックは日本経済にも非常に大きな影響を与えた。リーマン社が経営破綻した2008年3月から、東日本大震災が発生した2011年3月前までの主要なニュースを振り返る。

2008年9月

  • リーマン・ブラザーズ破綻
  • 企業倒産件数が増加、上半期で戦後2番目に
  • 野村HD、リーマン・ブラザーズの欧州・アジア事業を買収
  • AIG、米政府の管理下で救済決定、FRBが9兆円の融資

2008年10-12月

  • 大和生命が破綻
  • 東京株式市場、26年ぶりの安値に一時7000円割れ
  • 日銀、政策金利を7年7か月ぶりに引き下げ、0.5%から0.3%へ
  • 国内金融機関、証券化商品で3.2兆円の損失
  • 日経平均8000円割れ
  • 住宅金融支援機構による事業資金の調達円滑化支援実施
  • 日米ともに利下げ、米国はゼロ金利へ

2009年1-3月

  • 日銀、企業金融支援特別オペ実施、供給金額1兆2248億円
  • 日本綜合地所、東京地方裁判所に会社更生法の適用を申請、経営破綻
  • SFCG、東京地方裁判所に民事再生法の適用を申請、経営破綻
  • 日銀、企業の資金繰り支援策、初の社債買取を実施
  • 総額2兆円、定期給付金の支給開始
  • 日経平均株価終値7054円、バブル崩壊後の最安値を更新
  • 不動産大手ファンド、パシフィックホールディングス、会社更生法の適用を申請、倒産

2009年4-6月

  • 「経済危機対策」閣議決定、総額13兆9256億円、過去最高の補正予算案
  • G20首脳会合、金融サミットで世界の成長率4%押し上げを採択
  • 米ゼネラルモーターズ(GM)が民事再生法を申請し経営破綻

2009年7-9月

  • 失業率5.7%、求人倍率0.42倍、過去最悪を更新

2009年10-12月

  • 日本航空、公的管理下で再建へ
  • 日本航空が日本政策投資銀行とつなぎ融資契約を締結
  • 国の債務残高が過去最大の864兆5226億円
  • 2011年3月までの時限法、中小企業金融円滑化法を施行

2010年1-3月

  • 日本航空、会社更生法を適用、過去最大の破綻
  • 企業再生支援機構、日本航空の破綻を受け支援を決定

2010年4-6月

  • 日銀、即日資金供給オペを実施

2010年7-9月

  • 中国が日本を抜いて実質GDP世界2位に
  • 国の債務残高が初めて900兆円を突破
  • 消費者金融大手、武富士が東京地方裁判所に会社更生法の適用を申請
  • 日本史興銀が破綻、初のペイオフ発動
  • 政府・日銀、6年ぶりに円売り・ドル買いの市場介入

2010年10-12月

  • 日銀、上場投資信託(ETF)、不動産投資信託(J-REIT)の買い入れを発表

2011年1-2月

  • S&P、日本の長期国債格付けを「AA」から「AA-」に格下げ
  • バイオ関連の林原とグループ2社、会社更生法の適用を申請
  • 鉄鋼最大手の新日本製鉄と国内3位の住友金属工業が合併を発表

リーマンショックで経営破綻した日本企業

  1. ニューシティ・レジデンス投資法人
  2. 大和生命
  3. 日本綜合地所
  4. SFCG
  5. パシフィックホールディングス
  6. ジョイント・コーポレーション
  7. 穴吹工務店
  8. 日本航空
  9. ウィルコム
  10. 武富士

1. ニューシティ・レジデンス投資法人(J-REIT)

ニューシティ・レジデンス投資法人は、米不動産シービー・リチャード・インベスターズ等が日本で不動産投資信託事業を行う目的で2004年9月に設立した。

リーマンショックによる金融不安と信用収縮によって、同法人の新規融資や市場資金調達、保有資産の売却が進まなくなった。

取得予定資産の決済資金と借入金の返済資金の調達が困難になり、2008年10月9日に東京地方裁判所に民事再生法の適用を申請した。J-REITとして初の経営破綻となり、負債総額は1123億円6500万円となった。

2. 大和生命(生命保険)

大和生命は他の生命保険に比べ高リスクの投資を多く行っていたため、リーマンショックの影響を受けて債務超過に陥った。2008年10月10日に東京地方裁判所に会社更生法及び更生特例法にもとづく更生手続きを申請した。

2009年4月に米プルデンシャル・グループのジブラルタ生命が69億円を出資して完全子会社された。

3. 日本綜合地所(不動産デベロッパー)

日本綜合地所は1993年設立の不動産開発会社で、2003年に東証一部に上場した。首都圏を中心に分譲マンションを展開し、2012年のマンション供給戸数ランキングでは首都圏12位の規模だった。

2009年2月5日、東京地方裁判所に対して会社更生法の手続き開始を申し立て、経営破綻に至った。その後、大和地所がスポンサーになり、同じく2009年に民事再生法の適用を申請したダイア建設とともに大和グループの傘下になった。

4. SFCG(事業者金融)

SFCGは1978年に株式会社商工ファンドとして設立。銀行借入の困難な中小企業に対して貸付を行う事業者金融(商工ローン)事業を行っていた。

同社はリーマン・ブラザーズ・グループから734億円(2007年時点)という巨額の借入をしており、リーマンショック直後には株価が大きく下落した。加えて、過払い金請求訴訟や過剰な取り立てに対する損害賠償請求が相次いでいた中、リーマンショックによる信用収縮で資金調達が困難になった。

2009年2月23日に東京地方裁判所に民事再生法の適用を申請した。当時の負債総額は3380億4000万円に上る。

5. パシフィックホールディングス(不動者投資事業)

パシフィックホールディングスは1990年に設立され、不動産投資ファンドの運営を中核事業としていた。

同社の不動産購入資金は金融機関からの借入金や社債など有利子負債への依存度が高く、リーマンショックによる金融機関の融資基準の厳格化で資金の出し手を失った。また、不動産市況の急速な悪化により、保有不動産の売却が滞り、有利子負債の返済資金を確保することが困難になった。

資金繰りの悪化により、2009年3月10日、東京地方裁判所へ会社更生法の適用を申請した。当時の負債は子会社を含めて3265億2200万円に上った。

6. ジョイント・コーポレーション(不動者デベロッパー)

ジョイント・コーポレーションは首都圏を中心とした分譲マンションと賃貸マンション、および不動産流動化事業を行っていた。2008年下期にはリーマンショックによる不動産市況の悪化と、アーバンコーポレイションの倒産による連鎖売りなどにより株価が大暴落した。

2008年9月、オリックスを引き受け先とする100億円の第三者割合増資を行い、一旦の危機をしのいだが、2009年5月29日、東京地方裁判所に会社更生法の適用を申請した。

当時の負債総額は同時に会社更生法を申請した子会社のジョイント・レジデンシャル不動産と合わせて1680億円となった。2015年12月17日、長谷川グループの不動産会社である長谷川コーポレーションにより買収され、同社の傘下となった。

7. 穴吹工務店

穴吹工務店は1905年創業の老舗不動産会社で、2007年には国内のマンション供給戸数ランキングで首位を獲得した。

建築基準法の厳格化などにより建築費の高騰が進み、2008年3月期には赤字に転落した。その後、リーマンショックによる世界同時不況の営業で国内の新築マンション販売戸数が大きく落ち込んだ。

2009年11月24日、収益の悪化を受けて債務超過に陥り、東京地方裁判所に会社更生法の適用を申請して経営破綻した。現在はメジャーセブンの1つである大京グループ傘下で不動産開発・販売事業を営む。

8. 日本航空(JAL; 航空会社)

日本航空(JAL)は日本を代表する航空会社であり、世界的な航空連合「One World」にも加盟する。リーマンショック以前から、機材の過剰購入やホテルなどの投資の失敗、複雑な労使関係と人件費の高さなど、日本航空の経営体制は脆弱だった。

1990年代、規制緩和によって航空業界の競争が激化する中、日本航空は人事政策や路線計画、機材配置などに課題を抱えていたが、組織の肥大化と硬直化が抜本的な解決を阻み、問題が先送りにされていた。

2000年代に入ると世界同時多発テロや新型インフルエンザにより旅行需要が低迷し、同社の経営は極端に悪化した。ここにリーマンショックによるが追い打ちをかけ、同社は2010年1月19日に経営破綻した。

同社の経営再建は京セラの名誉会長である稲盛和夫氏に委ねられ、「アメーバ経営」と呼ばれる経営システムが導入された。2012年3月期には過去最高の2049億円の営業利益を稼ぎ出し、同社の業績は急回復した。

9. ウィルコム

ウィルコムはDDI(現在のKDDI)の子会社であるDDIポケットが改称して誕生した、PHSサービスを提供していた電気通信事業者だ。

DDIが2000年にIDOと経営統合してKDDIになり、経営資源を「au」に集中させるため、DDIポケットはノンコア事業に位置付けられた。それを受け、当時のDDIポケット経営陣が外資系PEファンドのカーライルの支援を受けて「ウィルコム」として独立したという経緯がある。

当時の携帯電話キャリアはスマートフォンの国内導入に否定的だった中、ウィルコムは国内初のスマートフォン「W-ZERO3」(シャープ製)に対応し、大ヒットモデルになった。

しかし、2007年頃からスマートフォンにおいて携帯電話キャリアからの追い上げを受け、競争環境が厳しくなった。そこで、ウィルコムは当時PHSが広く使われていた中国への展開を試み、XGP方式という次世代サービスインフラへの投資を加速させた。

同じ時期にリーマンショックによる世界的な金融不安が発生し、カーライルからの資金調達が困難になったことで同社の資金繰りに目途が立たなくなった。2009年9月、私的整理の一つである事業再生ADRを申請して経営再建を目指すも、このニュースが信用不安を引き起こしたことで大量の顧客離反が発生。2010年2月18日、同社は会社更生法の適用を申請し、経営破綻に至った。

10. 武富士

武富士は1966年創業の富士商事を前身とする消費者金融業者だ。創業者である武井保雄氏のもと、芸能人を多用したテレビCMなどにより「サラ金(サラリーマン金融)」に対するイメージを向上させ、消費者金融業界のトップに上りつめた。

2003年、同社を批判していたジャーナリスト宅に盗聴器を仕掛けたことが発覚したことで武井会長は逮捕され、同社会長を辞任した。また、同社は他の消費者金融業者と同様に、利息制限法が定める上限金利(15~20%)を大幅に超えた金利で貸し付けを行っており、多重債務者の増加が社会問題化していた。

2006年1月、最高裁判所は法定金利を超えて顧客が支払った利息に関して、過去の支払い分も含めて返還を請求できるという判決を下した。2007年以降、過払い金の返還額は年1000億円にのぼり、武富士は2007年3月期に上場来初赤字に転落した。

その後、リーマンショックの影響を受けて社債などの資金調達環境が冷え込み、同社の資金繰りが悪化。2010年9月28日、東京地方裁判所に会社更生法の適用を申請して経営破綻した。

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