ヘルスケア

エムスリーの「MR君」は製薬会社のMRの職を奪うのか

営業職の代表格だったMRの衰退

MRは製薬会社の営業職

MRは製薬会社に所属する営業職で、自社の医薬品の販売促進のために医師や薬剤師を中心とする医療従事者に情報提供を行う職業である。MRは「Medical Representative」の略称で、日本語では「医薬情報担当者」と呼ばれる。

SalespersonではなくRepresentativeと呼ばれるのは、人命や税金に関わる医薬品を「営業」するのではなくあくまで「情報を提供する」という建付けにしているためだが、実態はゴリゴリの営業マンだ。

一昔前の医療ドラマでは病院のどこかに潜んで医師に接触するタイミングを見計らったり、夜の街で接待を行うMRの姿が描かれることも多かった。また、近年では減少傾向にあるが、胸元の大きく空いた女性MRが枕営業を仕掛けるようなことも業界では珍しくなかった。

医師を出待ちするMR

MRは営業職の代表格

MRはと言えば、生命保険や証券会社、不動産仲介などと並んで営業マンの代表格とも言える存在である。特に医師は平均的な知能レベルが一般より高く、かつ多忙であるため、限られた時間内に自社の医薬品を売り込むのは至難の業だ。

一般的に、売りにくい商品ほど営業職の報酬は高くなる傾向にある。具体的には無形商材や専門性の高い商材ほど営業の難易度が高く、売れる営業には高いボーナスが支払われる。

MRにとって医師や薬剤師などの医療従事者を相手に営業を円滑に行うためには、彼らと同等かそれ以上の専門知識が必要となる。自社製品の特徴だけでなく、他社の類似品との違いなどを常に把握し、医師や薬剤師から尋ねられた際には正確に、即時回答する能力を求められている。

MRの人数は減少傾向

公益財団法人「MR認定センター」の集計したデータによると、MRの数は2013年度の6.58万人をピークに6年連続で毎年数%ずつ減少し、2018年度末には5.99万人となった。また、MRの新卒採用の抑制も続いており、製薬会社の6割がMR職の新卒採用を見合わせている。

年度201320142015201620172018
MR人数65,75264,65764,13563,18562,43359,990
% 前年増加率-1.7%-0.8%-1.5%-1.2%-3.9%

MRという職種は明らかなダウントレンドにあり、既存の営業職員も人員整理や営業方法の変更などの影響を受ける可能性が高い。同じ営業職でも年率20%で伸びているM&A仲介とは大きな違いだ。

医療現場のデジタル化が進む

人間のMRに代わる「MR君」

MRの数が顕著に減少している背景には、「MR君」というWebサービスの存在がある。MR君は、日本最大級の医療情報専門サイト「m3.com」を運営するエムスリー(証券コード: 2413)が提供しているWebサービスで、従来型のMRの役割をWeb上で低コストで再現している。

現在、エムスリーが展開する情報サイト「m3.com」を利用する医師は国内で28万人に上り、医師の約9割をカバーしている。エムスリーは金融業界におけるBloombergのようなプラットフォームになっており、今や製薬会社の営業活動においてMR君を含むエムスリーの情報ネットワークは欠かせない存在となりつつある。

MR君 ロゴ

製薬会社はMR君などの外部サービスを活用することで、これまで自社のMRに支払っていた人件費や接待費用の予算のうち一部を削減しても同等かそれ以上の販促効果を得ることが出来る。

蛇足だが、同じような話は生命保険業界でも起きており、従来の自社営業職員(生保レディなど)から、「ほけんの窓口」などの乗合代理店に販売を委託する流れがある。高給営業職では営業機能の外部化の流れが不可避なのかもしれない。

製薬業界は医療費削減の圧力を受ける

人間のMRからWeb上のMR君へのシフトを進む背景には、国全体の医療費削減の圧力も存在する。従来の製薬会社は、MRを通じて医師の専門性や人間性、病院の状況などを理解しながら最適な医薬品情報を医師に提供してきた。その中で前述の通り一部では過剰な接待攻勢をかけて薬の受注に結びつけてきた。

しかし、医薬品には公的資金が充当されている。日本の医療費は3割の自己負担分を除いて税金によって支払われ、医療費の多くが医薬品の費用、つまり製薬会社のポケットに入ることになる。

過剰な営業活動によって高額な医薬品を売り込むことは国全体の医療費を押し上げるとして問題視されるようになり、製薬業界ではさまざまな自主規制が進んだ。その結果、MRの人数や活動範囲は従来より限定され、その代替手段としてより費用対効果の高いWebサービスや医療ビックデータの活用が注目されている。

「MR不要論」は昔から指摘されてきた業界の課題

MRという職種は様々な利益相反や非効率性を孕んでおり、業界内では昔から「MR不要論」が存在していた。例えば、優秀な医師であればMRに直接質問しなくても自分で論文を検索して薬を比較することが出来る。

医師が忙しくてリサーチが出来ない場合でも、必要なタイミングでMRに電話して質問すれば十分であり、MRが病院の前で高級弁当をもって「出待ち」をする姿はただの弁当業者だと揶揄されてきた。

また、MRは人間であるため情報の精度やコミュニケーションスタイルに個人差があり、人命や医療費に関わる情報が必ずしも正確に伝わっていないという課題も存在した。1つの医薬品をとっても副作用や適正使用の提示、効能効果など膨大な情報があり、それらの伝達手段としてMRが十分でないことは明らかだ。

医療業界の非効率はすぐには解消されない

医療業界は課題の宝庫

MR君のようなWebサービスが存在しても、医師とMRの関係が大きく変わるにはまだ時間がかかりそうだ。MRに限らず医療の世界にはいまだに様々な課題が存在しており、変革者にとっては大きなビジネスチャンスが眠っていると言える。

医療業界では「医療で金儲けをしてはいけない」という不文律が存在しており、いまだに旧態依然とした制度が機能不全のまま残されている。医療全体の市場規模が巨大であることから、その課題を解決したときに得られるリターンは非常に大きい。

エムスリーは医療のプラットフォームを展開

医療業界をテクノロジーで合理化するべく奮闘している企業は多く、エムスリーもその1つだ。エムスリーSONYの出資のもとで2000年に設立された医療ベンチャーであり、現在もSONYが34%の株式を保有する。

2004年に東証マザーズ、2007年に東証1部に上場し、2020年4月時点で時価総額は2.5兆円を超える。2017年には米Forbesによる「世界で最も革新的な成長企業ランキング」で世界5位、国内1位に選出されている。

エムスリーは前述の通り国内の医師の90%以上が登録するプラットフォーマーとしての地位を確立しており、そのネットワークを活用して様々な医療関連事業を展開している。2019年には株価が105%上昇した。創業者で代表取締役の谷村 格はマッキンゼー出身であり、エムスリーの社内もコンサルティングファームのような実力主義・ハードワーキングな文化で知られている。

エムスリーのプラットフォームは脆弱性を抱える

株式市場から絶大な支持を集めるエムスリーだが、実はそのビジネスモデルは脆弱性を抱えている。エムスリーの価値は言うまでもなく国内の9割の医師が登録しているネットワークの価値だ。だが、エムスリーのサービスは必ずしも多くの医師に評価されているわけではない。

まず、エムスリーへの登録は無料だ。医師は無料で専門情報などにアクセスすることが出来る。金融業界で圧倒的な地位を築いたBloombergは1人あたり月に20万円という非常に高額な課金を求められるが、マーケット参加者でBloombergを使わない人はまずいない。Bloombergほどの成功例は珍しいが、無料のエムスリーにユーザーがどこまで価値を感じているかは怪しい。

Bloombergキーボード

さらに、(これはあまり認知されていないことだが)実はエムスリーは同社のプラットフォームを利用する医師に対してお金を払っている。地方の暇な開業医などが空いた時間で「m3.com」を開いてコンテンツを見ると独自のポイントが支払われる仕組みだ。ポイントはamazonや楽天のポイントに変えることができるため、実質的にはお金で医師を釣っているとも言える。

エムスリーは無料、またはこちらからポイント(=金銭的対価)を払って大量の医師ネットワークを集め、「我々は国内の9割の医師に使われている」と言って製薬会社からマーケティング料金を集める。これはビジネスとしては悪くはないが、サステイナブルなプラットフォームとは言えない。Bloombergのように医師が課金してでも使いたいプラットフォームが現れたらエムスリーの地位は危ない。

m3ポイントの概要
m3ポイントの交換特典

医療・ヘルスケア領域の競争は続く

大きな事業ポテンシャルを抱える医療・ヘルスケア領域では業種を超えた競争が続く。医師プラットフォームを抑えたエムスリーであっても安泰ではない。

医療費削減のためにさらなる規制緩和・異業種参入が見込まれる中で、日本医師会などの既得権益層を巻き込んだ今後の業界の変化に注目したい。

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