ヘルスケア

マッキンゼーの元パートナー、谷村格のエムスリー起業秘話

エムスリーは日本を代表するヘルスケア企業

医療業界をテクノロジーで変革すべく奮闘している企業は多く、エムスリーもその1つだ。2004年に東証マザーズ、2007年に東証1部に上場し、2020年4月時点で時価総額は2.5兆円を超える。2017年には米Forbesによる「世界で最も革新的な成長企業ランキング」で世界5位、国内1位に選出されている。

M3は国内の医師の90%以上が登録するプラットフォーマーとしての地位を確立しており、そのネットワークを活用して様々な医療関連事業を展開している。2019年には株価が105%上昇した。創業者で代表取締役の谷村格氏はマッキンゼー出身であり、エムスリーの社内もコンサルティングファームのような実力主義・ハードワーキングな文化で知られている。

時期経歴
1987年国際基督教大学卒業
1987年マッキンゼー入社
1999年マッキンゼーのパートナーに就任
2000年エムスリー株式会社を設立、代表取締役に就任
2003年東証マザーズに上場
2007年東証一部に市場変更

ヘルスケア領域の課題を解決するためエムスリーを創業

マッキンゼーでヘルスケア領域担当のパートナー

谷村格氏は1987年に国際基督教大学(ICU)を卒業してマッキンゼーに入社した。近年ではマッキンゼーの新卒は東大8割、京大・早慶・海外大という構成だが、当時は日本におけるコンサルティング業の知名度・人気が低く、ICUのような中堅大学からでも新卒で入社することが出来た。

谷村氏はヘルスケア領域を中心に10年以上マッキンゼーで勤務し、1999年に同社のパートナー(共同経営者)に就任した。ヘルスケア領域に携わる中で多くの医療関係者の話を聞き、医療・製薬業界の仕組みに問題意識を持つようになったという。

なお、当時はコンサルティング業界のカリスマ的存在である大前研一氏がマッキンゼーの日本支社長を務めていた。大前氏は谷村氏やDeNAの南場氏のことを「大前チルドレン」と呼んでいるが、経済的には大前氏より谷村氏の方が成功していると言わざるを得ない。

谷村格

ソニー子会社と共同出資でエムスリーを創業

谷村氏はマッキンゼーのパートナーに就任した翌年の2000年9月、同社を退職してエムスリーを設立した。エムスリー(M3)という社名はMedicine(医療)・Media(メディア)・Metamorphosis(変革)の3つのMに由来する。

当時、谷村氏がソニー子会社のソネットエンターテインメントに対して医療サービスの立ち上げをアドバイスしていたところ、谷村氏自身が経営者を務める方向に話が進み、共同出資でソネット・エムスリー株式会社を設立した。ソニーは段階的にエムスリー株式を売却しているが、現在も34%の株式を保有する。

創業者の谷村氏によるエムスリーの株式保有比率は3.0%にとどまるのはこのためだ。他の創業経営者と比べてかなり少ない部類に属する。現在のエムスリーの時価総額は2.5兆円を超えており、谷村氏は創業当時に持分の多くしておけば良かったと後悔しているだろう(想像)。

医療とカネ

医師プラットフォームとして注目を集め東証マザーズに上場

エムスリーは2003年に東証マザーズに上場した。2003年に運営を開始した医師向け情報サイト「m3.com」は医師向けのプラットフォームとして注目を集めた。医師は無料でサイトに登録し、医療ニュースや専門文献を閲覧・検索できる。代わりに、エムスリーは登録している医師に対して医薬品情報のメールを配信し、その対価を製薬会社から受け取るというモデルだ。

製薬会社はMR(Medical Representative)と呼ばれる専属の営業職員を大量に抱え、全国にいる医師に対して自社の製品の特長や魅力を伝えてきた。国内には約6万人のMRが存在し、その人件費や営業費用は薬価に上乗せされている。

エムスリーは製薬会社に対して「m3.com」というインターネットを通じたマーケティング支援を提供し、中長期的には国全体の医療費の削減を目指した。このマーケティング支援事業は現在もエムスリーの中核事業として利益成長を牽引している。

製薬マーケティング支援事業が成長し東証一部に上場

エムスリーは2007年に東証一部に上場した。製薬企業向けのマーケティング支援事業は谷村氏の思惑通り順調に売上を伸ばし、固定費のかかりにくい事業特性から50%近い営業利益率を叩き出して注目を集めた。

国内の医師のカバー率は2009年時点で約6割、2019年時点で約9割に達する。国の医療費削減の圧力もあり、製薬企業はMRの人数を削減しインターネットやビックデータを活用した営業戦略へとシフトする動きが加速した。

公益財団法人「MR認定センター」の集計したデータによると、MRの数は2013年度の6.58万人をピークに6年連続で毎年数%ずつ減少し、2018年度末には5.99万人となった。また、MRの新卒採用の抑制も続いており、製薬会社の6割がMR職の新卒採用を見合わせている。

年度201320142015201620172018
MR人数65,75264,65764,13563,18562,43359,990
% 前年比増加率-1.7%-0.8%-1.5%-1.2%-3.9%

プロフェッショナルファーム・カルチャーを持つ事業会社

エムスリーは規模を拡大した今でもプロフェッショナルファーム・カルチャーを持つことで有名だ。谷村氏自身がマッキンゼー出身であることから、同社はマッキンゼーなどのコンサルティング・ファームを経て入社する従業員も多い。ハードワーキングで実力主義のカルチャーもエムスリーの成長を支える1つの要素だ。

また、エムスリーは積極的にM&Aを活用しており、社内にM&Aの専門チームを構える。日系の事業会社としては珍しく高い待遇を用意しており、外資系投資銀行や会計事務所の出身者などが集まっている。第一線での戦いに疲れてしまったエリートにとっては魅力的なセカンドキャリアなのかもしれない。

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エムスリーのビジネスモデルが抱える脆弱性

株式市場から絶大な支持を集めるエムスリーだが、実はそのビジネスモデルは脆弱性を抱えている。エムスリーの価値は言うまでもなく国内の9割の医師が登録しているネットワークの価値だ。だが、エムスリーのサービスは必ずしも多くの医師に評価されているわけではない。

医師は無料で各種サービスを利用できることに加え、(これはあまり認知されていないことだが)実はエムスリーは同社のプラットフォームを利用する医師に対してお金を払っている。医師が「m3.com」を開いてコンテンツを見るとamazonや楽天のポイントに変換可能な独自のポイントが付与されるため、実質的にはお金で医師を釣っているとも言える。

これはビジネスとしては悪くはないが、サステイナブルなプラットフォームとは言えない。将来的に医師自身が課金してでも使いたくなるようなプラットフォームが現れたらエムスリーの独占的な地位は維持できないだろう。

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