瀧本哲史氏の発言から読み解く「マッキンゼー」の内部情報

東大生の人気就職先で晩年1位の「マッキンゼー」は世界中の大企業や各国政府に対して経営のアドバイスを提供する。世界を裏で操る頭脳集団の真相は外から見えづらい部分が多い。同社の卒業生である瀧本氏の過去の発言から、マッキンゼー社の内実を垣間見ることができる。

「マッキンゼー」の基礎情報

mckinsey

グローバルに展開する戦略系コンサルティングファーム

マッキンゼーは世界中に65か国、130拠点以上にオフィスを構えるグルーバル企業で、世界中の企業や政府機関などに対してコンサルティング・サービスを提供している。1926年にアメリカで設立され、日本では1971年に東京オフィスを開設した。

中でも戦略系のコンサルティングに強みを持ち、同業のボストン・コンサルティング・グループ(BCG)、ベイン・アンド・カンパニー(Bain & Co.)と並んで「MBB(McKinsey / BCG / Bain)」と呼ばれる。

戦略コンサルティングの売上(2016年)
戦略コンサルティングの売上(2016年)

世界中で活躍する卒業生ネットワーク

マッキンゼーはその卒業生(アルムナイ)のキャリアの華々しさでも有名だ。彼らは「マッキンゼー・マフィア」と呼ばれ、財界や政治界で活躍する。CNBCの調査によるとForbes 500のうち70社以上のCEOがマッキンゼー出身だという統計がある。

海外ではGoogleの親会社であるAlphabet Groupのサンダー・ピチャイCEOや、投資銀行のモルガン・スタンレーのジェームズ・ゴーマンCEO、過去にはIBMのCEOやプライベート・エクイティ・ファンドのカーライルの代表を務めたルイス・ガートナーなどが有名だ。

日本ではベネッセホールディングス代表取締役社長の安達保氏や日本交通代表取締役の川鍋一朗氏、DeNA代表取締役会長の南場智子氏などが知られている。

安達保

安達 保

ベネッセホールディングス代表取締役社長

東京大学卒、マサチューセッツ工科大学MBA取得

川鍋一朗

川鍋 一朗

日本交通代表取締役

慶應大学経済学部卒業、ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院修了

南場智子

南場 智子

DeNA創業者、代表取締役会長

津田塾大学卒業、ハーバード大学経営学修士

瀧本哲史氏の経歴

時期所属・役職
1994年東京大学法学部卒業
同年東京大学大学院法学政治学研究科助手
1997年マッキンゼー・アンド・カンパニー入社
2000年日本交通の再建に参加
2007年京都大学産官学連携センター客員准教授

瀧本氏は東京大学大学院の助手を務めたのち、マッキンゼーの東京オフィスに入社した。在籍期間は3年間と短いが、日本交通の再建やその後のアカデミックの世界での活躍から注目を集め、日本のマッキンゼー卒業生の中でも知名度は高い。同氏は2019年8月10日に満47歳で他界している。

滝本哲史

瀧本 哲史

エンジェル投資家、経営コンサルタント、京都大学客員准教授

東京大学法学部卒業

マッキンゼーに関する瀧本哲史氏の発言集

瀧本氏はマッキンゼー退社後に自身のTwitterや取材などでたびたびマッキンゼーについて言及している。当時は日本オフィスの規模が小さく、謎のベールに隠されたマッキンゼーの実態を発信する数少ない卒業生の1人だった。ここでは瀧本氏が残したコメントを振り返ることで、いまだに謎に包まれたマッキンゼーの真相に迫る。

なお、マッキンゼー用語と思われる単語や特殊な文脈については、マッキンゼーの現役社員監修のもと、適宜注釈を追加している。

コンサルタントのワーキングスタイル(働き方)について

(注記:M社=マッキンゼー社)

M社でも16時に必ず帰る契約の女性コンサルタントがいた。外資系日本支社クライアントの専門家で、他に代え難い人材であることも大きかったとかと。女性コンサルタントでワークライフバランス良く長くつとめる人は、ニッチにフォーカスしてて、稼働勝負の人はバーンアウト多い印象

瀧本哲史bot

「ぐろーばるこんさるてぃんぐふぁーむ」のM社でも東京オフィスは他に比べても長時間労働らしく、これも日本の顧客が本質的でないことにこだわったり、発注側の方針がはっきりしないことによって起きる。日本国内でも外資のクライアントだとプロジェクトはスムーズに進む。

瀧本哲史bot

マッキンゼー流のプロジェクトの進め方について

(注記:某N交通=日本交通)

M社とかが、プロジェクトをやるときはだいたいクライアントの中堅から、若手で現場のエースを抜擢してプロジェクトメンバーにします。私が某N交通を再建したときもそうでした

瀧本哲史bot

マッキンゼーの組織づくり・社内文化について

(注記:アソシエイト=マッキンゼーにおける若手)

(注記:マッキンゼーの社内では若手がどのプロジェクトに配属されるかが社内の労働市場を通じて需給で決まる。人気のアソシエイトは複数のプロジェクトから誘われるため、「入札」という言い方をしている)

某M社の場合、報酬が変わらなくても、人気のないプロジェクトはアソシエイトの入札で負けて、人がアサインできないので、そういうプロジェクトしか取れないパートナーが淘汰されるというマーケットメカニズムがあった。非金銭的報酬の上昇。

瀧本哲史bot

M社は同業と比べて、ライブラリーも一番大きかったし、司書資格を持ったスタッフが管理してた。あるプロジェクトでは、正確なシェアを推定するために、予算を投下して「○○○○」までやってた。そりゃ、勝つよ。

瀧本哲史bot

M社に移ってすぐ良さを感じたのは、図書予算が必要ならほぼ無制限。なぜなら、人件費の方が遥かに高いから。コピー機も高性能なので、時間の無駄もないし、バックオフィス機能も充実。成果を出すことに専念すれば良い。意味のない作業、待機時間の長い職場の人には心底同情した。

瀧本哲史bot

研究室から、M社に移ってすぐにわかった良さは、成果を出す事に組織が最適化されていて、無駄な作業、いてはいけない人が極小で、投下時間に対して、レバレッジが効くようになったこと。学習速度が速い若いときに、時間を無駄にするのは人生の無駄使い。報酬低いのは組織の効率低いから。

瀧本哲史bot

最近のM社海外並みに昇進速くなり素晴らしい。ただ、ややポジションがインフレしてるのかもしれない。

瀧本哲史bot

M社はいろいろな組織から転職してきた人がいたわけで、もちろん、M社に不満を持っていた人がいないわけではないが、皆「それでも前職よりずっと良い組織だ」と言っていたし、同業でもインターンをしたけど、「サービスは別としても、少なくとも組織としてウチから見ても良く出来ている」とのこと

瀧本哲史bot

ちなみに、私がM社を気に入ったのも、ライブラリーが大きかったこともあります。よその軽く数倍というか桁違いでした

瀧本哲史bot

コンサルティング業界とマッキンゼーの競争戦略について

(注記:イシュー=クライアント企業の経営課題)

コンサルって一言で言っても、全く会社によって実態は異なる。M社、一番良い会社の一番難しいイシューを一番高いフィーでやっていて、しかもジュニアスタッフの意見でもばんばん通るので良かった。なので成長早くマネージャにならないくらいでもかなり良いジョブオファーで結構皆辞めてた

瀧本哲史bot

M社の成功もMarvin Bower が文化を作り上げ、維持したところが大きい。環境に応じて、競争戦略が変わっても文化は変わってない。

瀧本哲史bot

(注記:おおまえ時代=著名な経営コンサルタントである大前研一氏がマッキンゼーの東京オフィスを率いていた時代)

ある人によると、M社には「おおまえ時代」と「グローバル時代」とその間の「中間期」の三時代に分けられ、私は中間期の後半に属する。オフィスが急成長したのに、上がいなかったので、上の仕事を乗っ取ることが可能なとても良い時期だった。上がいない方が成長しやすいのはM社ですらそうだ

瀧本哲史bot

外資コンサルと一言で言っても、会社によってもかなり違うし、時代によってもかなり違う。環境や強みに会わせて戦略を作って、それにあわせて人材戦略も違う。他社の人が「M社のサービスが最高かは争うが、経営システムが良く出来ていることは素直に認めよう」と言っていたことを思い出した

瀧本哲史bot

アメリカのLaw firmの経営モデルを元々M社をはじめコンサルティング会社は参照しています。日本の大手法律事務所もだんだん経営スタイルが近づいてきました

瀧本哲史bot

マッキンゼーは、日本では特殊な人気企業として語られがちですが、海外においてはエスタブリッシュメント的な会社です。日本で言う、大手商社みたいな存在ですね。人気があってみんなが入りたがるけど、必ずしもクールではないよねと。

 いま日本では、卒業生がメディアで目につくようになっていますが、それはピークアウトの兆候です。産業として、あるいは会社として、成熟期に入っているということですね。コンサル業界も競争が激しいですからね。ただ、出身者を「アラムナイ=卒業生」と呼ぶ言葉のとおり、教育機関、ネットワーキングの場として優れていたのは確かですね。

NEWSポストセブン取材

マッキンゼーの社員(コンサルタント)の特徴について

学生の人気自体、企業戦略の結果であって、マーケティング努力で変わります。M社でリクルーティングしてたとき、殆ど受からないSFCでの人気が高く、質が高い東大理系での認知度が低いので、このギャップを埋めるために施策を打ったら、圏外から東大理系でベスト10入りした。

瀧本哲史bot

ノーベル賞が出る研究室も、実は結構系譜的には同じ所になるらしい。paypal mafiaもそうだし、M社でもベンチャーでホームランになったところは、ほんの二,三期に集中している。

瀧本哲史bot

DeNA もエムスリーも複数のM社出身者が始めた会社だが、スタートアップ数十社分の時価総額になっているし、execution能力も高かったりするが。てか、どちらかというと、複数リクルーティングするのは難しいと思います。

瀧本哲史bot

M社時代、長時間労働ではあったが、無駄な労働時間はほとんどなかった。上司が全員優秀だったとは言わないが、本当に駄目な人はいなかったし、ダメな人はしばらくするとキチンと消えていた。過去のようしらん実績で居座る人も消された。クライアントも変な人いなかった

瀧本哲史bot

(McKinsey / BCG / Bainについて)かなり違いますね。私は3社でインターンしたので良く比較してM社にしました
M社=研究者・エンジニア、B1社=タレント事務所、B2社=質実剛健

瀧本哲史bot

M社に限らず昔のより簡単な頃に入った人の方が活躍している様な気もします。先駆者的な時の方が学習機会が多いからでしょう。つまり職歴をエントリー難易度で考えることが必ずしも適切ではない。まあ、難しいところも受かっていますが、その自慢とか無意味ですよね(笑)

瀧本哲史bot

霞ヶ関も実は、地方出身者とかの方がロイヤリティが高いように思う。逆に、M社は文化資本的にも恵まれた子弟が実は多かった。

瀧本哲史bot

マッキンゼーのコンサルタントの年収・報酬について

某M社は年俸制なので、夏のボーナスはないのだが、日系企業から移ってきた人は家族からボーナスもない会社と批判を受けないように、合計額を変えずに7月の振り込みを増やせるオプションがあった。なお、年末はperformance pay という名の業績連動ボーナスがあった

瀧本哲史bot

マッキンゼー時代の滝本氏自身の働き方・貢献について

M社では、よく「お言葉を返し」てましたが、むしろ、評価されてました。それは、難しいプロジェクトで、パートナーにもわからないことで、パートナーがプライドを気にする必要がないくらい、実績あるひとだからできたことですが

瀧本哲史bot

「私もこんな研修意味ないです!」ってM社で暴れた記憶がある。よく考えたら他にもいろいろ問題児だったな。上の人からマネージャーに「あいつは賢いからなんとか使いこなせ」という指示が出てたそうだ。関係各位に深く謝辞を申し述べたい

瀧本哲史bot

滝本氏自身のキャリア戦略について

まあ、私も最初のキャリアはあっさりPivotしたからね。やっぱり、M社好きで、好きで、という感じでしたね。ここで諦めたら一生後悔すると思って再度オファーを取りに行った。振り返ったらこれが一番大きなPivotでしたね。

瀧本哲史bot

マッキンゼーの採用基準について

ありがちなグループディスカッションは、要は談合ですな。落としどころ、予定調和の練習。そればかりやっていると会社がつぶれます。M社の集団面接は同時個人面接というところ

瀧本哲史bot

東大生だけを対象にした就職人気ランキングをM社時代に見たことがあって、特に理系だけに絞ったランキングが、私が採用チームにいたときに圏外から7位まで上昇したことがあって、PRが成功していると感じたことがある

瀧本哲史bot

マッキンゼーで滝本氏が学んだことについて(スキルセット系)

プレゼンの思い出。M社の新卒向けグローバルレベルトレーニングがあって、NY郊外のカウントリーハウス風の所を貸しきり。内容的には既知のものも多かったのだが、もちろん全部英語で、結構きつかった。まして、英語でプレゼンをやるのはほぼ初めてだったし

瀧本哲史bot

投資先でもどのタイミングであるアクションするかはデータ分析で決めてます。この手のモデル作りはM社時代にもやったし、大容量データでのモデリングのコンサルティングは今でも人づてで依頼を受けるとたまにやります。今日も某大企業からセグメンテーションの見直しの分析を依頼されました

瀧本哲史bot

マッキンゼーで滝本氏が学んだことについて(マインドセット系)

M社で学んだことで一番印象に残っているのは、”Do not persuade, but just influence.” だったな 。Not M but fact speaks. とか、Client interest first, money follows も好き

瀧本哲史bot

M社に入って、論理的思考能力が上がったり、知識が増えたとはあまり思わないが、「クライアントのニーズを読み取り、知識をクライアントに必要な形で伝達する」という力は格段に上がったと思う

瀧本哲史bot

「誰が言ったかはではなく、何を言ったかだけで評価せよ。」という原則は某学研究より、当時のM社の方が強かった。それが好きだった(遠い目)

瀧本哲史bot

明治時代は出来たばかりの組織なので若くて出世できた。初代内閣総理大臣は伊藤博文44才で最年少。未だにこの記録は破られていない。我妻栄は、30才で東京帝国大学教授。なお、組織の新しさは相対的なもので、ガースナーは28才でマッキンゼーでディレクター。この頃M社は小さかった。

瀧本哲史bot

M社時代に上司が「クライアントが面倒がってやらないことをきちんとやるとそれだけでバリューになる」と言っていたことを思い出す

瀧本哲史bot

私は最悪M社に就職するつもりだったので、やりたい放題やってそれでダメなら研究者は辞めようと思ったら無事に優がたくさん揃った次第。でも、結局、辞めてM社に(笑)

瀧本哲史bot

複数の収入源。株式投資、原稿書き。いつでも自分を雇いたいと思う人をたくさん作ること。新卒の時M社の内定を断りましたが、母はまた行きたくなるかもしれないので、M社の採用担当に年賀状を出しておけとアドバイス。予言的中

瀧本哲史bot

かつて、M社はMBIというスクール事業をやっていたのですが、最終的には撤退。このプログラムの推進責任者が、一橋の石倉さんだったようです

瀧本哲史bot

新卒の好報酬が話題になっているが、儲かる仕組みが有る会社のコア人材で余計な人がいなければ普通に出せる額でしょう。給料に見合わなければ辞めさせられるようにしとけば良い。大手法律事務所のアソシエイトは業務委託で雇用じゃないし、M社も今の仕組みは二年で「卒業」

瀧本哲史bot

某まとめ売りアイドルとM社社員が付き合っているという噂がTL上を流れている。この件については未確認情報だが、アナウンサーぐらいなら結構いたような気がする。という都市伝説を流してみるテスト

瀧本哲史bot

むかーし、むかーし、大昔、某M社で、女性社員が深夜まで働いていて、父親が誘拐されたと思って、警察に電話する直前に、念のため会社に連絡したら普通に働いていたというオチ。

瀧本哲史bot

今流れている色覚異常ですが、授業のパワーポイントで直して欲しいと言われたことあります。200人いる教室で男子がX人の場合、色覚異常者がY人以上いる可能性はZ%という分析を出してきた学生もいました。某M社ではプレゼンはほぼ白黒でしたし、アニメも使いません。余計な情報はノイズだから

瀧本哲史bot

ただ、どんな会社も人気企業になるとピークになるというのはよく観察される法則で、昔はM社もメジャーじゃなかった。人気企業になると普通の人が集まってきて、普通の会社になりとだす人は成果を出す人は減ってくると思われる。大前研一だって「日本では知られてないが、実は」とういことで入社

瀧本哲史bot

シェアする

error: